コラム
『俵ランド物語』(たわらんどものがたり) 筆:うつみしこう
自由庵憧鶏
じゆうあんしょうけい
Vol.34 『安倍政権の農業改革について』
-”About the Abe administration’s agricultural reforms !”-
安倍政権の農業・農政改革が急ピッチだ。今年の通常国会で関連8法案が提出され成立した。
わたしたちは、これに注視する必要があるだろう。
1
まず、次の二つの記事からその概要を拾ってみよう。
a、 朝日新聞の特集 野口陽記者「教えて!農業改革」(全8回、3月)
b、『世界』5月号 細谷章(日本農業新聞論説委員)、尾原浩子(同農政経済部記者)「現場無視、急進議論の農業構造改革
国会審議の農業競争力強化プログラム関連八法案に潜む問題点」
●法案提出の目的は、進む高齢化、減る産出額、増える耕作放棄地など多くの困難を抱える日本の農業を改革するため。
●農林水産省が8法案でめざすのは、「もうかる農業」の実現。これまでの農業政策は生産者の支援に重点を置いてきたが、
今回は生産者を取り巻く環境を構造的に見直す。
●農業改革の機運を高めたきっかけは、2015年10月に大筋合意した環太平洋経済連携協定(TPP)。
関税を下げて自由貿易が進めば、米国や豪州からの農産物輸入が増える。国内の農業団体や生産者の不安を払拭する対策が求められていた。
●今回の改革は、官邸が強く主導。昨秋の「農業競争力強化プログラム」に基づいている。安倍首相の諮問機関「規制改革推進会議」も要請。
●8法案の内容と問題点。
①農業競争力強化支援法案
(内容) ・肥料や農薬など農業資材が海外より高く、資材メーカーや流通業者の多さが生産や出荷のコスト高につながっているのを改め、
業界再編を後押しする。
・JA全農など農協組織に改革をもとめる。
(問題点)・山本有二農相は「農協に改革を強制するものではない」と否定するが、自主的な組織の農協への
「国家介入」の側面も否めない。
②主要農作物種子法の廃止法案
(内容) ・1952年にできたこの法律は、国や都道府県に稲、麦などの種子の生産や普及を義務ずけていたが、
いまとなっては民間の参入や合理化の阻害要因となっているとして廃止。
(問題点)・行政が手を引くと、食の安全や安定供給に悪影響を及ぼす。
・稲や大豆の種子ビジネスには資本力のある大手企業しか事実上参入できなことから、
「外資系企業から種を買うことになりかねない」と言う声が、自民党農林族議員や県の農政幹部などからも上がっている。
・アメリカでは、モンサント社など大手四社が小麦や大豆などの種子の70%を占有し、しかもそのほとんどが
遺伝子組み換え(GM)という。
③畜産経営の安定に関する法律及び独立行政法人農畜産業振興機構法の一部を改正する法案
(内容) ・生産者補給金の交付対象を拡大。加工原料乳生産者補給金等暫定措置法は廃止。
(問題点)・指定団体制度の規制があったからこそ、個々では力の弱い酪農家が指定団体の農協組織に結集し、大手の乳業メーカーと
互角の取引交渉を行えるようになっていた。指定事業者の新規参入は、指定団体の交渉力を分散する可能性がある。
・全量委託の見直しは、酪農家の選択肢を増やすという面はあるものの、「一元集荷多元販売」による交渉力に
マイナスに働き、生乳の需給調整にも波乱材料となる可能性がある。
・加工原料乳の生産を担ってきた北海道酪農と、飲用乳で生き抜く都府県酪農との「共存」を脅かす火種になるとの
指摘もある。
④農業災害補償法改正案
(内容) ・農業経営支援保険(収入保険)の創設。
(問題点)・農業者期待の制度だが 、利用できるのは「青色申告」の農業者に限る。ハードルは高く、
農業現場では、「結局大規模の担い手経営に絞られることになるのではないか」との失望感すら漂う。
・来年からコメの「減反政策」が廃止されるが、現段階では米の生産調整がこの保険制度の要件になっていないことも、
稲作農家に混乱を呼んでいる。
⑤土地改良法の改正法案
(内容) ・日本農業の効率化をめざし、営農力の高い農家や農業法人、企業に農地を集積。
・農家の実費負担がなく農地を貸し出せるようにし、担い手農家への農地集積促進、土地改良の手続きの簡素化など。
・「貸し手不足」を解消するために、貸し手負担をゼロにできる仕組みを創設し、国が整備費を出す方向に。
⑥農業機械化促進法を廃止する等の法律案
(内容) ・合理化や民間参入の阻害要因となっているとして廃止。
・国や県が中心に取り組んできた高性能農業機械の開発、導入は、時代のニーズに合わなくなったなどとして、
同法を廃止して開発への民間企業の参入を促すもの。
⑦農村地域工業等導入促進法改正案
(内容) ・新たな雇用創出のため農家に多様な就業機会を確保、農地転用などの支援拡大。
・農村への立地を支援してきた五業種(工業、道路貨物運送業、倉庫業、梱包、卸売業)に新たにサービス業も加える。
⑧農林物資の規格化に関する法律(JAS法)改正案
(内容) ・農産物の輸出拡大へJAS規格の範囲拡大。
・輸出力を強めるため、「品質」を保証してきた日本農林規格(JAS)の対象を生産方法、管理方式、測定・分析方法にも
拡大して、輸出力強化の環境を整備する。
(問題点)・農水省は、食品安全の代表的な国際規格「グローバルGAP」の取得支援をしているが、農家にとって両方を取得するのは
負担である。
●(これらの法案は)いずれも農家の所得向上を目指し、競争を促し、民間の活力を導入することで「強い農業」への構造改革を求めている。しかし、八法案に共通するのは、儲けや経済成長を重視し、農業が地域に根差している「地域との共存」を無視しているという点だ。工業など他産業と同じように経済的観点だけで農業をとらえ、自然や地域と切り離せない農業の特性は考慮されていない。
さらに、これほどまでの大改革なら、通常は各分野に精通した専門家や農業現場の指摘を踏まえた農水省の審議会を経るものだが、競争一辺倒の「規制改革推進会議」(規制改革会議の後継組織落として2016年9月設立)の求めに応じ、官邸主導によりあまりにも性急な議論で国会提出が決まった。今国会で「数の論理」がまかり通って熟議がないまま法が成立しようとしている。一部の〝勝ち組農家〟と企業参入だけで農村は成り立たない。
● 改革が目指す規模の大きな担い手農業者だけで、人口減少と高齢化が急速に進む地域農業や社会を維持できるものではない。必死に地域の農業や農村を支えているのは、比較的小規模の家族農業だ。それらの農家や規模拡大が難しい条件不利な中山間地域農業にはますます行政の光が届かなくなる。懸命に地域を支える家族農業に、疎外感が一層強まっている。
2
俵津の農業と地域のこれからを考えるための大事な材料になると思って、以上紹介させていただいた。今回はこれだけにしてもいいのだが、もう少しつづけようか。
アメリカのトランプ大統領は就任直後、公約のTPP離脱を表明したが、彼を支持したラストベルト(さびれた工業地帯)の白人労働者たちは歓迎しただろうが、アメリカの農業者たちはどうだっただろう、と?(クエスチョンマーク)で考えていたわたしだったが、鈴木宣弘氏(東大農学部教授)が答えてくれているのでそれを抜粋引用しておきたい(『週刊金曜日』11/24号、米国への〝ごますり外交〟は健在 強引に装ったTPP11の「大筋合意」)。
●米国民が否定したTPP(環太平洋戦略経済連携協定)を「TPPプラス」(TPP以上の譲歩)にして、日欧EPA(経済連携協定)を「大枠合意」したかと思えば、今度は、米国抜きのTPP11の「偽装合意」を主導し、日本政府は「TPPゾンビ」の強引な増殖に邁進している。
●「(日本が)日米FTA(自由貿易協定)を避けるためにTPP11」を急いだという解釈も違う。米国抜きのTPP11が合意されたら、出遅れる米国は、逆に日米FTAの要求を強めるのが必定である。
そもそも、TPP破棄で一番怒ったのは米国農業団体だった。裏返せば、日本政府の影響は軽微との説明は、意図的で、日本農業はやはり多大な影響を受ける合意内容だったということだ。せっかく日本から、コメ(毎年50万トンの輸入を米国に保証)も、牛肉も、豚肉も、乳製品も、「おいしい」成果を引き出し、米国政府機関の試算でも、4000億円(コメ輸出23%増、牛肉923億円、乳製品587億円、豚肉231億円など)の対日輸出増を見込んでいたのだから当然である。しかし、米国農業団体は、すぐさま積極思考に切り替えて、TPPも不十分だったのだから、2国間で「TPPプラス」を締結してもらおうと意気込み始めた。それに応じて「第一の標的が日本」だと通商代表が議会の公聴会で誓約している。
そもそもトランプ氏の大統領選勝利後にTPPを強行批准したのが、トランプ大統領へのTPPプラスの国益差し出しの意思表示だ。(中略)
トランプ政権へTPP合意への上乗せ譲歩リストも作成済みだ。
●もちろん、日本のグローバル企業も徹底した投資やサービスの自由化でアジアから一層の収奪を目論んでいる。
●別途交渉中のRCEP(東アジア地域包括的経済連携、アセアン10カ国+日中韓+豪州、ニュージーランド)にはTPPよりも柔軟で互恵的なアジア型のルールを模索しようという姿勢があったが、日本はRCEPもTPP化しようとしている。
●米国へのごますりと戦略なき見せかけの成果主義では国民の命は守れない。いまこそ、一部の企業への利益集注をもくろむ「時代遅れ」のTPP型のルールではなく、「共生」をキーワードにして、とくに、食料・農業については、零細な分散錯圃の水田に象徴されるアジア型農業が共存できる、柔軟で互恵的な経済連携協定の具体像を明確に示し、実現に向けて日本とアジア諸国が協調すべきときである。
3
自民党農林部会長の小泉進次郎氏がこんなことを言っている(『文藝春秋』2016年11月号の特集「TPPを迎え撃て」の中の「日本農業改造計画」、JA全中会長の奥野長衛氏との対談)。
「問題はTPPではないんですね。そのはるか以前から日本の農業は持続可能性を失っている。そのことのほうが問題だ。TPPに反対している方には、「それでは、TPPがなくなれば、もう日本の農業は大丈夫なんですか」と聞きたい。TPPさえなくなれば、日本の農業は安泰だと考えている人がいるならば、その認識こそが本当の脅威ですよ」。
「TPPに負けない農業にするためには、なにより競争力を上げること。TPPが来ようと何が来ようと太刀打ちできる持続可能な農業基盤をつくること。これしかない。私たち骨太PTが十一月までに取りまとめる改革案では、まさにこの点をもっとも重視しています」。
ここには自分たちがやってきた自民党農政の反省もなければ、現場の農民のこころに寄り添おうという気持ちもなければ、「農業」というものの存在がいかに国にとって大事なものかの理解もない。ただ威勢のいい強者の論理だけがある。奥野氏の同調ぶり、迎合ぶりもあまり気持ちがよくない。
問題はTPPなのだ。TPPを阻止することが「農政」なのだ。TPP後は、もうどんな農政も成立しないのだから。
対談は、「日本の高品質の農産物を、アジアの富裕層に向けて売り込んでゆく」話などにも及んでいくが、よく言われるこんな話には、山下惣一さんがきっぱりと「そういうことは、その国の農民にまかせなさい」と言っている。山下さんのこの言葉を読んだ時、わたしは感動で心が打ち震えるのをおぼえたものだった。
総じて「改革」、あるいは「構造改革」というものは、わたしたちはもう分かってしまったが、日本の市場を、いや、日本の富そのものをアメリカとアメリカの多国籍企業に差し出すために行うもの、という理解をしなければ、この国や、そこで営まれるわたしたちの暮らしを守る手立てを考えることはできないのではないか。
わたしが20代の頃、俵津には300戸を超える農家があった。いまは100戸ほど。300戸の時代のほうがはるかに活気があって豊かで面白かった。幸福だった。
2017.11.30 自由庵憧鶏(じゆうあんしょうけい)
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