エッセイ
『私の映画案内』 筆:西田 孝志
第六回 『映画の中の音楽』(第一章)
これから語るのは映画音楽ではありません。映画の中で音楽がどのようにして使われたか又どのようにして音楽への愛を示したかというお話です。主題はあくまで映画なのです。
今からほぼ百年前パリがベルエポックと呼ばれた時代の話です。第一次大戦の前年1913年5月29日パリのシャンゼリゼ劇場で音楽史上最も有名な騒乱劇が起こりました。この日この劇場にはドビッシー、サン=サーンス、ラヴェルなどの著名な音楽家達が参集していたのですが、その音楽の第一部、冒頭ファゴットの信じられないような高音が鳴るとほぼ同じくして、劇場内にヤジと怒号が飛び交い始めました。曲はバレエ音楽「春の祭典」、作曲者ストラヴィンスキー、指揮者ピエール・モントゥー、振り付ニジンスキー。複数の拍子が同時に進行する為に起こる堪え難い不協和音、それがメロディもなく変拍子(5拍子・7拍子・11拍子)で連続する。馬鹿を承知で言い替えるなら映画「ジョーズ」(1975年)の鮫の出現シーンでの音楽、低い不協和音の始まりから連続して次第に変拍子で早くなり、いきなり高音に変わる出現部分。それを壮大にしたのがこの音楽だったと言えば分かっていただけるでしょうか。そこで言い換えれば、現代の映画において不安や恐怖を助長し、人を心理的パニックに落とし入れる為に使われる全ての音楽はこの「春の祭典」が出発点と言えるのです。この曲以降の全ての音楽、映画音楽やロックにいたるまで影響を及ぼした為、この年を音楽の革命の年と言う人もいます。話を戻します。劇場の混乱はますますエスカレートして行き、人々はパニックに落ち入った。肯定派と不定派に別れた人々は互いに殴り合い乱闘状態に発展した。ついに警官隊が出動し、劇場に突入する事態となったのです。演奏はどうなったか?なんと最後までバレエは続けられ、音楽は完奏されました。但しストラヴィンスキーは終演後楽屋に逃げ込んでしまいました。この事件を描いた映画があります。フランス映画「シャネル&ストラヴィンスキー」(2009年)です。シャネルとはあの有名なデザイナーのココ・シャネルの事です。パリを逃げ出したストラビヴィンスキー一家をシャネルは自分の郊外にある邸宅に匿ったのです。この映画は実はフランス映画らしく、一家がパリを去るまでの間のつかの間のシャネルとストラヴィンスキーの秘められた密やかな愛を主題に描いています。この映画を見たいと思われた方にぜひ見て欲しい場面があります。冒頭の音楽シーンは勿論ですが、ぜひ見て欲しいのはシャネルの邸宅の内部シーンです。実に見事なシャネルカラーの白と黒に彩られた、アールデコの室内装飾です。大戦が始まる前の束の間のベルエポックの華やかさと未来を予感させる様な素晴らしい装飾です。こう言う所をきちんと作り上げるのが本当の映画なのです。この映画はぜひ見ていただきたい、それだけの価値のある映画なのです。
映画の中で、その主題と深く関わる音楽について紹介しました。トーキー時代に入ると、映画は人の不安や恐れを表現する為、映画音楽家達によって断続的な不協和音や変拍子を多用し、音楽で人間の感情や気分をコントロールするすべを見出しました。皆さんも映画を見る時は背影の音楽に依っていかに自分の感情がコントロールされているか感じながら見るのも良ろしいのではないでしょうか。
それではこのへんで、ゴキゲンヨウ・・・。
第二章・第三章と続きマスヨ。
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