コラム
『俵ランド物語』(たわらんどものがたり)  筆:うつみしこう
                      自由庵憧鶏
                                              じゆうあんしょうけい

Vol.37 『家康、江戸を建てる』が面白い!
-Interested in"Ieyasu Tokugawa Construct Edo"-


野福峠桜ガイドブック(パンフレット)1表紙.pdf



門井慶喜さんの時代小説『家康、江戸を建てる』が、断然面白い。門井さんと言えば、昨年下期の直木賞を受賞した今を時めく作家だ(受賞作は、宮沢賢治の父政次郎を描いた『銀河鉄道の父』)。

 本の帯に、こうある。
日本史上最大、驚天動地のプロジェクト始動!
「北条家の旧領関東二百四十万石を差し上げよう」。天正八年、落ちゆく小田原城を眺めながら、関白・豊臣秀吉は徳川家康に囁いた。その真意は、水びたしの低湿地ばかり広がる土地と、豊饒な現在の所領、駿河、遠江、三河、甲斐、信濃との交換であった。愚弄するかのような要求に家臣団が激怒する中、なぜか家康はその国替え要求を受け入れた・・・・・・。ピンチをチャンスに変えた究極の天下人の、面目躍如の挑戦を描く快作誕生!

 この惹句にいつわりはなかった。

 家康は、秀吉から国替えを命じられた時、もちろん秀吉の意図はすぐに分かっただろう。だが、彼は言ったというのだ、「関東には、手つかずの未来がある」と。家康このとき四十九歳。ふつうなら未来どころか過去の生涯をふりかえり、清算すべきを清算し、そうして子々孫々のため良き死の準備をすることをこそ意識すべき年齢だろう。未来などというものは、若い連中の現実逃避の口実にすぎぬのだ、と門井氏はつづける。
 壮大な江戸建設の物語が始まる。

小説は、家康の構想と実践が五つの章で語られる。
第一話は、「流れを変える」。
 関東平野北部から流入してくる利根川はじめ数本の大河を、「東へ、まげよ」と、まず、家康は命じた。江戸というか関東の大平野が茫々たる湿地帯なのは、これらの河川が、東京湾に注がれていたためだった。家康は、人を選ぶ天才だ。この大事業のために召し出だされたのは、昨年のNHK大河ドラマ「おんな城主・直虎」の後半の主役・井伊直政などの武人派ではなく、内に熱情を持つ実務派の伊奈忠次だった。
第二話、「金貨(きん)を延べる」。
 やがて江戸時代の通貨となる慶長小判の製造の話だ。家康は日本史上はじめて、貨幣の面で、天下統一を果たしたのだと言う。ここで中心となるのは、足利将軍家から織田信長・豊臣秀吉まで、金貨の鋳造をまかされた京都の後藤家家臣・橋本庄三郎光次。
第三話、「飲み水を引く」。
 江戸というのは、水を排し、同時に水を給しなければ使いものにならない土地。ただでさえ泥湿地だらけで良質な地下水が得がたいところへもってきて遠浅の海がざぶざぶ江戸城のふもとを洗っており、埋め立て工事をしなければ街そのものが造れない。造っても、そこで掘る井戸の水は塩からくて飲めたものではない。「だから、清水がほしいのじゃ」。武蔵野の原野から水を引く大上水工事をやりとげるのは、大久保藤五郎、内田六次郎、春日与右衛門。
第四話、「石垣を積む」。
 ここからはいよいよ江戸城築造に向かっての話になっていく。築城のためには巨万の数の石が必要になる。二人の石の透視能力者、伊豆の見えすき吾平と江戸の喜三太が活躍する物語。
第五話、「天守を起こす」。
 江戸城というのは、だいたい現在の姫路城をイメージすればいいようだ。しっくいの白壁のあの美しい城だ。テレビ時代劇「暴れん坊将軍」に登場するあの城(もっとも八代将軍吉宗の頃にはもう消失していて江戸城はなかったが)。美と平和と石灰の資源と産業おこしの象徴としての天守閣創成の物語。登場するのは、中井正清、藤堂高虎、左官息吹、指物師権太・・。そして、徳川秀忠、家康。家康が、なぜ、信長の安土城や秀吉の大阪城のような黒板壁の城でなく、純白の城をつくったのかという謎が、ここで明かされる。


 400ページを一気に読んだ。スカッとした。爽快感が体の中を駆け抜ける。たまには、こういう気宇壮大な世界に接しなければ、心が塞いでしまう。
 うっとうしい時代に、「小説」というのは、(どんなジャンルにしろ)、一番の可能性をもっている分野かもしれないと感じた。世界は、「ものがたり」に満ち満ちている。

 俵津中の桜が満開だ。今日、野福峠「さくら祭り」。

2018/3/25 自由庵憧鶏(じゆうあんしょうけい)


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